まほろば逃避譚

ライター・北野史浩のブログ

私と尺貫法と吉川晃司

 先日、なかなか寝付けないので、『角川必携国語辞典』(角川学芸出版、1995年)をパラパラと読んでいたところ、尺貫法とメートル法の換算表を見つけた。尺貫法(しゃっかんほう)とは、かつて日本で使われていた、ものの長さや重さを「尺」「貫」といった単位をもとに計測する方法のこと。前掲の『角川必携国語辞典』によれば、尺貫法は1959年に廃止され、以降はメートル法が採用されるようになったという。メートル法は、言わずもがな、「メートル」や「グラム」で計測する方法で、今現在、私たちが使っているものだ。

 

 尺貫法で長さを表した描写は明治文学や時代小説などでよく出てくる印象があるのだが、私はメートル法への換算方法がいまだにちゃんと覚えられない。例えば、「1尺ほどの短刀」という表現があったとしたら、「1尺=10寸」かつ「1寸=約3.03cm」なので、おおよそ30cmほどの短刀ということになる。しかし、咄嗟に「1尺=約30.3cm」もしくは「1寸=約3.03cm」が思い出せないので、どのくらいの長さの刀なのか、うまく思い描くことができない。普段からそういう表現に馴染んでいれば、自然と覚えられるのかもしれないけれど、日常生活で使うことのないものは、やはり記憶に留めにくい。尺貫法の表現と出くわすたびに、辞書を引いて確認するが、しばらく経つとまた忘れて、そのたびに辞書を引いている。

 

 そんなことを考えつつ換算表を見ていくと、「1間=約1.82m」と書かれているのが目に留まる。そういえば、これだけは覚えていた。吉川晃司のおかげだ。

 

 中学生の頃の私は、『仮面ライダーW』をきっかけに、吉川晃司にハマっていた。吉川は主人公の師匠・鳴海荘吉=仮面ライダースカル役で出演していて、劇中では白のスーツとソフト帽を身にまとい、華麗なアクションも披露していた。その姿がやけに格好よく見えて、憧れていたんだと思う。図書館やレンタルビデオ屋でCDを借りてきて彼の曲をあれこれ聴いたり、彼の出演しているテレビ番組をチェックしたりと、しばらく追いかけていた。

 

 同じ頃、明治期の小説を読んでいて、1間がおよそ182cmに当たることを知った私は、「あ、吉川晃司だ」と思った。そう、公表されているプロフィール上、彼の身長は182cmである。吉川の高身長にも憧れていたからか、私は彼の身長まで記憶していた。そうして、それら二つの情報を結び合わせた結果、「1間=吉川晃司の身長=182cm」という式が出来上がる。

 

 事程左様に、情報は何かと結びつけることで記憶に定着しやすくなるものだ。意味のない数字の並びでも、何か意味を与えることで、より覚えやすくなる。語呂合わせなんかは、その典型だろう。「鳴くよ(794)、ウグイス、平安京」というのも、「794」という、それ自体には意味のない数字に、「ウグイスが鳴く」という意味を与えることで年号を覚えやすくしている。語呂合わせなんて下らないという向きもあるだろうが、なんだかんだ言っても覚えやすくなるのは確かだ。

 

 私は「1間=吉川晃司の身長=182cm」という形で、それを実践していたわけで、10年ほど経った今でも、「○間」という表現を見るだけで、まず吉川晃司のことが頭に浮かぶ。彼の身長を忘れていたら何の意味もないが、なかなかどうして、いまだに吉川晃司の身長が182cmであることを覚えているし、そのおかげで、「1間=約182cm」だとわかる。

 

 あとは「1間=6尺」であることさえ記憶しておけば、1間=吉川晃司の身長=182cm=6尺だから、182cmを6で割って……1尺は約30.3cm。また、1尺=10寸だから、1寸は3.03cm……と、1寸をメートル法で置き換えられるはずなのだ。いちいち面倒なことではあるけれど、ただ「1寸=約3.03cm」とだけ覚えるよりも、確実な方法なのではないか。とはいったものの、「1間=6尺」を、これまたいちいち忘れそうな気もするなぁ……。

 

 ……などと、夜中に考えていた。いや、もう外は明るくなっていた。暇を持て余しているみたいで恥ずかしい。こうなったら、この時間を無駄にすることのないよう、次に尺貫法で長さを表す文章に出会ったら、まずは吉川晃司を思い出すことから始めて、確実に「1寸=約3.03cm」へと辿り着いて、存分にその長さを思い浮かべてやろうと思う。こんな文章を書いてしまったせいか、当分は「1寸=約3.03cm」を忘れない気もするが、とにもかくにも、まずは吉川晃司を思い出すぞ。待っていろ、尺貫法!